読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

もち太郎日記~Mochitaro Diary~

カポジ型血管内皮腫&カサバッハ・メリット現象と闘う息子のお話~Our son’s battle with Kaposiform Hemangioendothelioma and Kasabach-Merritt Phenomenon~

冒険の書(経過表+目次)

もち太郎、冒険の記録。

(2017年1月29日更新)

 

〜誕生編〜

生後0日目:もち太郎生まれる

生後1日目〜1週目:形成外科受診、新生児黄疸、そして退院へ

誕生2週目〜1ヶ月目:大学病院へ、病名告知を受ける

誕生1ヶ月目〜2ヶ月目:定期受診からの緊急入院、そして入院へ

 

〜第一次入院編〜

 

<このブログについてはこちら

誕生1ヶ月目〜2ヶ月目

初診の続きです。先生に「僕たち夫婦にできることはありませんか?」と訪ねてみたところ、「血小板が下がると出血傾向があると思う。出血に注意してください。」と教えてくれました。

出血傾向ということは、、、目の充血や下血、耳や口からの出血をチェックすればいいのかな? と思いましたが、よく考えるとそれはもうかなり重症ですね。まずは、皮膚に点状出血(赤い点々)が出てくるようで、泣いた後の目の周りや、皮膚の薄いところに出やすいみたいです。

このように「具体的なタスク」を与えてくれるのは非常に助かりました。病院に任せっきりではなく、家族としてケアに参加することで主体性が生まれ、不安な気持ちが和らぐからです。「考えすぎるな」と一蹴され、病院に任せっきりにする他なければ、おそらくずっとずっと不安な気持ちが続いていたでしょう。

 

とはいえ、具体的な治療法の提示はなかったので、不安が消えることはありませんでした。まずは基本的な情報が不足していたので、インターネット検索、医療論文検索、患者会入会と、あらゆる方法で調べました。希少疾患がゆえにほとんど情報がなかったのですが、それでも方々からかき集めて、ようやく全体像をつかむことができました。

学会ガイドラインと医師向け情報サイトをベースに、ブログや疾患特化サイトの体験談、医療論文サイトのケースレポートを追うような形で進めていきました。これはおそらく、私たち夫婦が医療従事者だったからできたことであり、一般の方には難しいかもしれません。(もしお困りの方がいらっしゃいましたらご連絡ください) 僕らの間に生まれて、もち太郎はラッキー☆ボーイです。

 

ラッキーといえば、もち太郎は最初から「カポジ型血管内腫」が疑われていましたが、そもそも初期のうちに正しく疑うことができる医師は少ないようです。後から教えてもらったのですが、たまたま私たちが住んでいる地域の形成外科チームが血管腫・血管奇形に強く、たまたま生後1日目にそのチームの先生が診てくれて、たまたまその先生の先輩医師が10年前に一度体験していたそうです。なんという引きの強さでしょうか。まぁ150万人に一人の病気がそもそもすごい引きですが。

 

時が経ち、定期受診がやってきました。一ヶ月前は34万あった血小板が、この日は28万まで下がっていました。まだ正常範囲ではありますが、少し不気味です。というのも、今まで病変は柔らかかったのですが、中央が少し硬くなってきていたからです。

先生に診ていただいた結果、「血小板低下」と「病変の硬化」という不安材料が二つあるので少し心配ですが、今すぐにどうこうということはなさそうということでした。次回エコー検査をしてみましょうかということで、この日の診察は終えました。

 

そこから10日ほど経った頃、母太郎が「手足に点状出血があるような気がする」と言い出しました。私にはそれがハッキリと見えず、「最近寒くなってきたので皮膚が薄くなったのかな?」程度にしか思えませんでした。「病院に電話した方がいいかな?」と言う母太郎にも、「考え過ぎじゃない?」と返しました。それでも、母太郎がとても心配そうにしているので、先生に連絡して診てもらうことにしました。

するとなんと!血小板が7万まで下がっているではありませんか!!! これには本当にびっくりしました。まさかたった2週間でこんなに下がるとは。。。このまま放っておくと危ないということで、もち太郎はそのまま緊急入院となりました。

 

今考えてみると、血小板が34万から28万に下がった時点で減少傾向を疑い、もう少し頻回な検査をお願いすべきだったのかもしれません。後のお話にも出てきますが、どうやらもち太郎の場合、血小板の減少は一定ではなく、途中でガクッと急激に落ち込むようです。

もちろん、同じカサバッハ・メリット現象でも、原因が違ったり、原因であるカポジ型血管内皮腫がどのくらい広いか、どこにあるのかによっても変わってくると思います。結果的に今回のケースでは、隔週か毎週のフォローが必要だったかもしれないなと思うわけです。先生の見立てが悪かったということではなく、後から見るとそう思えるというだけです。

 

また、母太郎が点状出血を見抜いたからこそ、7万という比較的軽症な状態で入院管理に入ることができました。後で母太郎に聞いてみると、「なんか嫌な予感がした」とのことです。これが母親の感というやつでしょうか。

点状出血はもちろん見えず、母太郎の心配にも考えすぎだなーと思っていた父太郎は、実際のところ本当に使えないヤツでした。女性には第六感があるといいますし、男性よりも見える光の種類が多いという話も聞きます。母親が何かを察知したら、父親は大人しくそれに従うべきだなと思いました。

 

もち太郎は幸運で、母太郎は感が働く。。。今度、宝くじ買ってもらお。

 

<次回、第一次入院編へ突入!>

 

f:id:haseyama616:20170129223636j:plain

もち太郎のお宮参り。母太郎の着物は、父太郎の実家から拝借しました。

誕生2週目〜1ヶ月目

 もち太郎を我が家へお招きして、おっかなびっくり育児に励んでいるうち、あっという間に大学病院の初診日がやってきました。この時点でもち太郎の年齢は2週間! そもそも外出自体がハードモードです。

どうやって連れて行けばいいんだ? あーでもないこーでもないと検討した結果、薄手のバスタオルで包んでずっと抱っこすることにしました。夏におくるみは暑すぎるので避け、ベビースリングも窒息が怖いので避けました。オムツ交換や授乳時には、クラークさんが空いている診察室を貸してくれましたので助かりました。

結果的になんとかなったわけですが、待ち時間が超絶長かったです。「こちとら新生児ぞ? さすがにこんな乳飲子を待たさんやろ? お?」と心の中で凄んでみたいのですが、きっちり3時間待たされました。まぁこれは医療インフラの側面のひとつなので批判するつもりはありませんが、きっと母太郎ひとりだと耐えられなかったろうなと思います。このブログを読んでいる当事者のお父さん!しっかり支えてよ!!!

 

さて肝心の診察ですが、先生から初めてしっかりとした病名が聞けました。

「おそらく血管腫。一般的なタイプではなく、”カポジフォーム(カポジ型)血管内腫”という希少なタイプの可能性が高い。”カサバッハ・メリット症候群(現象)”という血小板の大量消費を引き起こして出血しやすくなり、時には致死的となることがあるので注意が必要。」とのことです。

それまで「レーザーか何かで直すのかなー?」くらいに思っていたので、ビックリして頭が真っ白になりました。ふわふわしていて、聞こえているけど頭に入らないような感覚です。死って。生まれたばっかりなんですけど。

ただ、血小板は出生時からしきりに測定していたので、理由はこれだったのかー!と、腑に落ちました。初めからこれを想定していたのか、それとも新生児にあざがある場合はそうするルーチンなのかはわかりません。(今度聞いてみよっと。)

どのくらいの頻度なのかと尋ねると、先生自身も出会ったことがなく、もち太郎に出会ってこの病気を知ったそうです。私も一緒に勉強させていただきますとのこと。

 

ビックリして頭真っ白状態だったせいか、ろくに病名も覚えられませんでした。先生からは「ネットで調べると怖い情報とかいっぱい出てくるかもしれないけど、、、」と釘を刺されていましたが、後日、覚えていた単語の断片を頼りにネット検索をかけました。ここでやっと「カポジ型血管内腫」と「カサバッハ・メリット現象」について理解しました。そして、マイナスで重めな情報しか出てこなかったので落ち込みました。基本的に”治る”という記載は見つかりませんでした。(この時点では、ですよ)

ただ先生は、続いてこう言っていました。

「、、、あまり心配なさらないでください。まずはこの子が大きくなるのが一番ですから。血小板が少なくならないように定期的に診ていきましょう。」

この言葉のおかげで、ひとまずは踏ん張れたかなと思います。

病気と聞くと、反射的に治癒(キュア)を考えがちですが、管理(ケア)も大事な手札です。そして健康とは、必ずしも病気でない状態を指しているわけではありません。この子が幸せに生きていけるよう、いらないことをあれこれ考えず、今私たちが出来ることに集中しよう、そう思うことにしました。

 

f:id:haseyama616:20170128232441j:plain

ごくごくミルクを飲めるようになったもち太郎

誕生1日目〜1週目

生まれた翌日、大学病院から来ていた形成外科の先生に、太ももの内出血を診てもらいました。すると、これは単なるあざではなく、「血管腫か血管奇形」ではないかとのことでした。他の先生とも相談したいそうで、写真を撮ってお持ち帰り、この日はひとまず保留です。

 

父太郎は診察に立ち会えなかったので、母太郎から結果を聞いたのですが、この時に少しショックを受けたのを覚えています。

振り返ってみると、「きっと青あざだろうな。ちょっとぶつけただけだから大丈夫。」と考えていたように思います。精神の安定を保つため、無意識のうちに良い方のエピソードを信じていたのでしょう。これを正常性バイアスというのでしょうか。何の根拠もないのに、不思議なものです。

 

血管腫か血管奇形」と聞いた後は、「そっか、じゃあレーザー?とかするのかな? まぁそれくらいで済めばいいか。」くらいの思考でまとまり、一旦落ち着きました。これもおそらく正常性バイアスのため、無意識のうちに納得のいくエピソードを選択し、深く考えないようにしたためでしょう。

しかし、まさかこの内出血が、150万人にひとりの稀少疾患で、致死的な病態を引き起こしそうになり、緊急の検査入院をしたまま2ヶ月出てこれず、生後2ヶ月で抗がん剤を投与することになるとは、この時の父太郎は夢にも思わなかったのでした。(重い…)

 

話は逸れますが、自らの正常性バイアスを認知したのは、この「血管腫か血管奇形」と聞いた時だけではなく、この記事を書いている”今”までの間、何度も何度もありました。立っていた床が崩れ落ち、落ちた先が底辺だろうと思っていても、また崩れてさらにその下が、、、というようなイメージです。

この記事を書いている”今”この時点において、もち太郎の状態は落ち着いていますが、また床が崩れるかもしれません。何度か繰り返しているうちに、そう思えるようになりました。”これ以上状況は悪くならない”という根拠のない思い込みは捨て、何があっても柔軟に対応しようという気構えです。

 

さて、太ももののことは一旦保留となったのですが、生まれて間もないもち太郎は下界に慣れるのに必死、産後で半死半生の母太郎は授乳をするのに必死で、もはやそれどころではありません。

あらかじめ勉強はしていたつもりでしたが、本当に”つもり”だったなと今は思います。出産を経て(しかも母太郎は切迫早産で入院していたので筋力が落ちている)瀕死状態になっている母親が、そのまま不眠で授乳をしなければならないというのは、想像を遥かに超える過酷な現場でした。

父太郎も「サポートしなければ」という気持ちではいたつもりですが(また”つもり”ですね)、過酷な現場を目の当たりにし、「これは戦さだ。ギリギリまで踏み込まねばならない。」とギアを入れ直して、予定していた期間の倍である2週間の育休が取れるよう調整しました。

 

その翌日、もち太郎は新生児黄疸が出てしまい、光線療法を受けることになりました。父太郎と生まれた時に黄疸が強かったようなので、親譲りでしょうか。

それを知っていた父太郎は大丈夫でしたが、知らない且つ産後で精神状態が安定していない母太郎には堪えたようです。保育器に入ったっきりで会えなくなるし、紫外線保護のためにアイマスクをしている姿を見ているとかわいそうになります。(心にゆとりがあるとハードボイルドでかっこいいと思える時もありましたが。)

保育器から出られたと思ったらまた入れられたり、ビリルビンを測定して一喜一憂したりする日々が続き、そのうち入院期間も長引いて、父太郎の精神状態も限界になりつつありました。

 

生まれてから一週間と少し経った頃、ようやく退院できるようになりました。ようやくといっても数日伸びただけなのですが、僕らにとってのこの数日は本当に長かったです。

産前から続いた長い長い入院期間が終わり、やっと母太郎が家に帰ってくるので嬉しいのと、生まれたてホヤホヤのもち太郎を、今まで普通に暮らしていた家に招き入れるのが不安なのとで、この時にはすっかり太もものことは頭の片隅に追いやられていました。

 

f:id:haseyama616:20170105220306j:plain

初めて家に迎えたもち太郎。まだやや黄色いです。

誕生0日目

もち太郎は夏生まれです。

 

母太郎は、切迫早産のために2週間入院していました。辛い安静生活を乗り越えて正産期を迎え、やっと退院できる!…はずでしたが、退院日の前夜にそれは始まりました。陣痛です。

 

朝に「腰が痛い」というLINEを受けた時は、散歩でピジョン捕獲。

昼に「このまま出産コース」というLINEを受けた時は、某寿司屋でびっくらぽん。

その後すぐに「今すぐ来て」との電話が。

この時、母太郎の”息も絶え絶え感”が尋常じゃなかったので、やっと「これはあかんヤツや!」と気づきました。この男、呑気である。

 

病院に着いたら、母太郎はすでに分娩室入りしていました。子宮口ほぼ全開のまった無し状態です。そこから付き添うこと約2時間半後、遂にもち太郎が生まれました。

 

母太郎が思い描いていた夢のマタニティライフは潰えたわけですが、もち太郎はママに早く会いたかったんだきっと。正産期まで耐えてくれた母太郎と無事に生まれて来てくれたもち太郎、そしてずっとサポートしていただいた病院スタッフの皆さまに感謝でいっぱいです。本当にありがとうございました。

 

スタッフさんたちが祝福をしてくれた後、そのままもち太郎の全身状態確認が始まりました。するとすぐに看護師さんたちがざわざわし出し、先生が呼ばれてきました。

 

先生「あれ?内出血がある。ぶつけたのかな?」

 

確かにもち太郎はお腹の中にいるとき、母太郎のお腹を蹴りまくっていました。皮膚越しに父太郎も一発入れられたくらいです。それほど足が丈夫なのでしょう。きっと将来は陸上選手です。

 

足を見てみると、確かに青っぽい感じがしました。しかしそれ以上にびっくりしたのは、その足の太さです。なんと立派な足なんでしょう!将来はお相撲さんでしたか!

 

親バカが迸ります。

 

しかし、今写真を見返してみると内出血している方だけが太いんです。今思えば、これが腫瘍だったんですね。この時は、まさかこのあざが稀少疾患だなんて夢にも思っておらず、ただただ幸せでした。 

 

f:id:haseyama616:20170103083555j:plain

出生時のもち太郎。左の太ももが太い。