もち太郎日記~Mochitaro Diary~

カポジ型血管内皮腫&カサバッハ・メリット現象と闘う息子のお話~Our son’s battle with Kaposiform Hemangioendothelioma and Kasabach-Merritt Phenomenon~

誕生1日目〜1週目

生まれた翌日、大学病院から来ていた形成外科の先生に、太ももの内出血を診てもらいました。すると、これは単なるあざではなく、「血管腫か血管奇形」ではないかとのことでした。他の先生とも相談したいそうで、写真を撮ってお持ち帰り、この日はひとまず保留です。

 

父太郎は診察に立ち会えなかったので、母太郎から結果を聞いたのですが、この時に少しショックを受けたのを覚えています。

振り返ってみると、「きっと青あざだろうな。ちょっとぶつけただけだから大丈夫。」と考えていたように思います。精神の安定を保つため、無意識のうちに良い方のエピソードを信じていたのでしょう。これを正常性バイアスというのでしょうか。何の根拠もないのに、不思議なものです。

 

血管腫か血管奇形」と聞いた後は、「そっか、じゃあレーザー?とかするのかな? まぁそれくらいで済めばいいか。」くらいの思考でまとまり、一旦落ち着きました。これもおそらく正常性バイアスのため、無意識のうちに納得のいくエピソードを選択し、深く考えないようにしたためでしょう。

しかし、まさかこの内出血が、150万人にひとりの稀少疾患で、致死的な病態を引き起こしそうになり、緊急の検査入院をしたまま2ヶ月出てこれず、生後2ヶ月で抗がん剤を投与することになるとは、この時の父太郎は夢にも思わなかったのでした。(重い…)

 

話は逸れますが、自らの正常性バイアスを認知したのは、この「血管腫か血管奇形」と聞いた時だけではなく、この記事を書いている”今”までの間、何度も何度もありました。立っていた床が崩れ落ち、落ちた先が底辺だろうと思っていても、また崩れてさらにその下が、、、というようなイメージです。

この記事を書いている”今”この時点において、もち太郎の状態は落ち着いていますが、また床が崩れるかもしれません。何度か繰り返しているうちに、そう思えるようになりました。”これ以上状況は悪くならない”という根拠のない思い込みは捨て、何があっても柔軟に対応しようという気構えです。

 

さて、太ももののことは一旦保留となったのですが、生まれて間もないもち太郎は下界に慣れるのに必死、産後で半死半生の母太郎は授乳をするのに必死で、もはやそれどころではありません。

あらかじめ勉強はしていたつもりでしたが、本当に”つもり”だったなと今は思います。出産を経て(しかも母太郎は切迫早産で入院していたので筋力が落ちている)瀕死状態になっている母親が、そのまま不眠で授乳をしなければならないというのは、想像を遥かに超える過酷な現場でした。

父太郎も「サポートしなければ」という気持ちではいたつもりですが(また”つもり”ですね)、過酷な現場を目の当たりにし、「これは戦さだ。ギリギリまで踏み込まねばならない。」とギアを入れ直して、予定していた期間の倍である2週間の育休が取れるよう調整しました。

 

その翌日、もち太郎は新生児黄疸が出てしまい、光線療法を受けることになりました。父太郎と生まれた時に黄疸が強かったようなので、親譲りでしょうか。

それを知っていた父太郎は大丈夫でしたが、知らない且つ産後で精神状態が安定していない母太郎には堪えたようです。保育器に入ったっきりで会えなくなるし、紫外線保護のためにアイマスクをしている姿を見ているとかわいそうになります。(心にゆとりがあるとハードボイルドでかっこいいと思える時もありましたが。)

保育器から出られたと思ったらまた入れられたり、ビリルビンを測定して一喜一憂したりする日々が続き、そのうち入院期間も長引いて、父太郎の精神状態も限界になりつつありました。

 

生まれてから一週間と少し経った頃、ようやく退院できるようになりました。ようやくといっても数日伸びただけなのですが、僕らにとってのこの数日は本当に長かったです。

産前から続いた長い長い入院期間が終わり、やっと母太郎が家に帰ってくるので嬉しいのと、生まれたてホヤホヤのもち太郎を、今まで普通に暮らしていた家に招き入れるのが不安なのとで、この時にはすっかり太もものことは頭の片隅に追いやられていました。

 

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初めて家に迎えたもち太郎。まだやや黄色いです。